「細胞を創る」研究会会長からのご挨拶(H23)
野地博行
(東京大学工学系研究科)
「細胞を創る」という試みは「生命は生命からしか生まれない」とするパスツールのドグマともいうべき生物学の基本原理に真っ向から挑戦するものです。現在の生物学において、これ以上に野心的かつ根源的な課題は他にそう多くは無いでしょう。
何のために細胞を創るのでしょう?数十億年も崩壊せず、むしろ拡大・進化を続ける物質システムの設計原理を知りたいのです。私たち自身、一個の細胞から生まれ、数十年間も崩壊せずに安定に続いている分子システムです。奇跡的と言っても良いかもしれません。この分子システムに関して、ここ十数年の理解の進歩は驚くべきものです。生体分子機械の理解はかなり深化しました。染色体ゲノム構造も数多くの種で明らかにされ、基本的な設計図は手に入りました。しかし、その解読、すなわち生きているシステムの構築原理は理解できていません。
いかなる物質科学、分子科学においても、解析的な研究だけではその理解は必ず限界に達します。理解に基づき仮説を立て分子システムを実際に作ってみると、必ずそれまでの理解との間に齟齬を知ることとなります。そこを埋める努力から新しい理解が生まれます。また、創る過程で新しい問題に気づき、それを克服することで全く新しい概念が創出され、また応用性の高い応用技術が生まれます。
本研究会発足の背景には、「生きている分子システムの再構成」に対して、ある一定数以上の研究者がリアリティーを感じていることがあります。これは、私が大学院生だった15年程度前には全く考えられなかったことです。しかし、一方で「生きている分子システムを再構成するための」明確なレシピがあるわけではありません。そもそも「生きているシステム」の定義すら定まっていません。このような問題を解決・克服するためには、これまでの生物学を超えて数多くの分野からの知見が不可欠となります。これが、本会メンバーの専門が非常に広く分布している理由です。分子細胞生物学や生化学そして生物物理学はもとより、システムズバイオ、合成生物学、物理学、化学、マイクロマシンニング、情報工学などの方々が意見をぶつけ合っています。また、本研究会のもう一つ特徴は、研究の潮流に関して社会に開いた形で議論することで、研究者以外の方々との接点を持っていることです。毎年、色々な趣向を凝らした文化セッションを企画しています。
本研究会の世話人としては、本研究会を「生きている分子システム」をつくるための方法論、そしてその構築原理、または工学的応用に関する斬新なアイデアの生まれる場として提供できたらと願っております。
若い研究者や学生さんに対しては、この新しい研究分野を、観戦席からではなく、是非フィールドでプレイヤーとして参加していただきたいと思います。見える風景が全く違うはずです。
まずは年会に気軽にご参加ください。若々しい熱気にあふれています。皆さんの参加をお待ちしております。
平成23年7月
細胞を創る研究会 会長
野地博行