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「細胞を創る」研究会会長からのご挨拶

Takinoue
瀧ノ上 正浩
(東京工業大学)

 東京工業大学の瀧ノ上と申します。私は、2007年に日本科学未来館で開催された「細胞を創る」研究会0.0から参加しています。当時と最近の集合写真を比較してみると、当時からずっと参加している方だけでなく、最近になって参入してきてくれた方もたくさんいて、「細胞を創る」研究の成熟と継続的な成長を感じます。

 現在、「細胞を創る」研究分野では、DNAの情報からタンパク質を作るだけでなく、メカニカルに動いたり、光からエネルギーを作ったり、進化をさせたりと、様々な機能を持つ人工細胞(「生きている細胞のような振る舞いをする何か」)が作り出され、そろそろ本当に細胞を創れるのではないかと感じさせます。それにも関わらず、私個人としては、「生きている細胞のような振る舞いをする何か」が「生きていない物質」から実際に創れることが分かってきたため、それが非常に精緻であったとしても、生きているものだと自信を持って言えない矛盾を感じています。現象の構成方法は分かってきたけれど、「生命とは何か?」について、まだ根本は分かった気がしていません。前世紀前半に量子力学が極微の世界の構成方法を正確に記述できるようになりましたが、どの小ささから量子性が顕著に出るのかについては未だに現代物理学のテーマです。同様に、前世紀末〜今世紀初頭に始まった創る生物学によって、細胞の構成方法が分かり始めましたが、どの複雑さから生命性が顕著に出てくるのかについては、現代生命科学のテーマ(もしかしたら、現代物質科学のテーマ)として依然として存在しているわけです。学問の成熟に伴い、同じような問いが表面化してきているのかもしれません。これを表面化させることができたことは「創る」研究の大きな成果ではないかと思います。

 「細胞を創る」研究は、ここ10年で大きく発展しましたが、まだ発展途上です。今後、さらに精緻で高機能な人工細胞の構築が進むでしょう。また、より実用的な問題にフォーカスを移していくという流れもあります。欧米中国などで世界的に、Build-a-Cell のような国家プロジェクトが立ち上がっており、国際コンソーシアム化の動きもあります。技術的な成熟に伴い、産業的な興味の対象にもなっているからでしょう。この会の国際化も必要と感じます。一方で、「創ることができる」から、もう一歩踏み込んで理解する方法を探る流れも必要でしょう。「創る」に代わる指導原理が必要かもしれません。生命は、あまりにも日常に溢れているので、自然言語や日常の現象のアナロジーで説明できると思いがちですが、それが正しいかどうか分かりません。量子力学には日常の現象のアナロジーではなく数学が必須であるように、「生命とは何か?」や「生命性」を記述する新たな言語や数学などの表現法が必要かもしれません。これらに加え、生命体と非生命体である電子デバイスなどをハイブリッド化する流れもあります。両者は地球上の生命か否かという点では異なりますが、いずれも機能が高度に複雑化した物質であるという点では共通しています。これらの融合により、より広い視野・高い視点での、新しい物質科学的生命観を見出せば、「生命とは何か?」の理解に近づけるかもしれません。解析的な研究、構成的な研究の次は、拡張的な研究に進むというのが今までの学問の歴史で繰り返されてきました。分かったことを全く違う方法で使うことで、理論の普遍性に磨きをかけられるからです。どのような方向性にしても、生物学・医学・物理学・化学・工学と、人文社会学や芸術などの多様なバックグラウンドの研究者の協同が必須でしょう。

 今回も、佐藤暁子先生(女子美術大学)に大会ポスターのイラストを制作して頂きました。量子力学の確立と物質科学的生命研究、いずれも、物理学者Schrödingerに端を発するところがあるこれらの研究において、分かって来かけた後に残る不透明感と、その先に待つ大きな発展にアナロジーを感じ、このようなイラストをお願いしました。

 例年のように、著名な先生方に基調講演をお願いしました。物理学の分野から吉川研一先生(同志社大学)、化学の分野から金原数先生(東京工業大学)、生物学の分野から木賀大介先生(早稲田大学)です。他にも気鋭の研究者の招待講演が企画されています。また、今回は、新型コロナウィルス対策のために、初めてオンラインで実施することを決めました。しかし、招待講演者からの発表だけしかないような形式はこの会にそぐわないと思い、ポスター発表に代えて、参加者が研究成果を発信できるような催しも計画しています。いつもと違う状況ですが、是非、今年の研究会も楽しんで頂けたらと思います。

令和2年8月
「細胞を創る」研究会 会長
瀧ノ上 正浩